夕げ

こんにちは

おばちゃんが死んだ。今日の11時すぎだったと、お父さんは言っていたはず。昨夜の意味のない夜更かしがたたって、12時を回ってもベッドに潜ってうつらうつらしていたら、iPhoneの画面に「お父さん」の表示。電話の向こうで父は泣きながらおばちゃんが死んだと言った。それは、あんまりにも突然だったし、わたしといったらベッドの中でぬくぬくしていて、頭も寝ぼけたままだったから、本当にいわゆる「頭から水を浴びせられた」みたいな気持ちだった。意味を咀嚼して何か言葉を発するまでめいっぱいの時間が必要だった。父は、葬儀など詳しいことが決まり次第また連絡すると言った。わたしは、「は?」という気持ちのまま、空虚な返事を適当に返した。掛け布団から飛び出して電話を握る手が冷たかった。

わたしが夏休み中の九月に帰省したときに会ったおばちゃんは、別に普通の、ちょっと抜けていて大きな声でおしゃべりをするおばちゃんだった。ただ、春に会ったときよりも耳が遠くなって、笑顔が減ったかなあと思った。おそらくはどちらも老化によって耳が遠くなったせいだろうなと思っていた。おばちゃんだって年はとるもんなあ。久しぶりに会うひとの変化は、経過を知らないぶん、衝撃的に感じられたりするもんなのだ。すでに一年故郷を離れていたわたしは知っている。

それから東京に帰ってほどなくして、お母さんが電話で、それもまた涙声で、おばちゃんは脳腫瘍だと言った。耳が聞こえないのはそのせいだったらしい。わたしは、自分でも本心だったのか、よく表出する「わたしのことを頭上から見下ろすわたし」の目線を借りてだったのかわからないけど、涙で声を詰まらせる母に「なんでもっと早くわからなかったの!?」と怒ったりした。そんなのしょうがないってあたまのどっかでは確実にわかっていたのに。わたしにはそういうところがあるから。

そうしてたびたび、おばちゃんの経過が連絡されるようになった。今日は手術だよ。わたしたちのことは覚えてないみたい。言葉がはっきりしない。話してはくれるんだけれど、意味ははっきりしないかな。わたしの知ってるおばちゃんが、あっちではそうじゃなくなっていた。それを刻々と知らされているんだけれど、いまいち理解できかねていた。わたしは病気で寝ているおばちゃんも知らないし、言葉をしゃべれないおばちゃんも知らないし、わたしを忘れたおばちゃんも知らないからだ。遠い向こうの国で起こっている戦争みたいな感覚で聞いていた。もちろんそこに不安は心配はあったけれど。

今週に入って母から、おばちゃんがもうご飯も食べられなくなったと連絡がきた。一日のほとんどを目を瞑って過ごしていて、言葉もほとんどしゃべらないらしい。酸素マスクをつけていて、ずっと寝ている。それもまた、わたしはなんでもない声を装って、わかった、と言った。別に何もわかってはいなかった。わかっていることなんて何もなかった。おばちゃんの病気のことも、言葉をしゃべれないことも、目を閉じていることが長くなったということも、その連絡が何を含んでいたのかも、何にもわかってはいなかった。あるいは、分かってはいたけれども理解したくなかったのかもしれない。

そうして、今日、寒い日曜日のお昼に、おばちゃんは死んだ。おばちゃんは死んだ、っていわれたその瞬間から、わたしは何度も頭の中でその言葉と、その意味と、それが生み出す状況を想像した。反芻した。丁寧に咀嚼した。でも、わたしは元気じゃないおばちゃんを知らないから、まだあんまり実感がわかなかった。でも、涙は出た。おばちゃんとしたことや、おばちゃんの言ったことを思い出したら、涙が出た。寝転がった暖かい掛け布団に右の目から流れて染みた。お父さんに怒られて泣いてるわたしのところに来て、のんちゃんが泣いてるとおばちゃんも悲しいって一緒に泣いてくれたこと。一緒に行ったしまむら。おばちゃんちに泊まるといつも夜更かしをさせてくれて、いつもは見られないテレビを見れたこと。毎月買ってくれた雑誌。毎月くれたパン。毎年くれたお年玉。年賀状。誕生日おめでとうの電話。かわいがっていたダッキーをあやす姿。公園で猫に追いかけられたとき追い払ってくれたこと。家族と外出したくなかったとき、おばちゃんの家で木村屋のパンを食べたこと。浪人しているわたしを褒めてくれたこと。おばちゃんはわたしと妹の成人式のために指輪を準備しているのだと言っていた。わたしが中学生くらいのときだったかな。おばちゃんがほんとに指輪を作って持っているのか、そもそもそれを覚えているのかわからないけど、そんなことはどうでもよくて、わたしと妹をまるでほんとの子供みたいにかわいがってくれていたこと。いつか、わたしの成人式まで生きたいなあとこぼしていた。わたしの結婚式まで生きたいなあと言ったときもあった。あのときは、あはは、当たり前じゃん、と笑った。いつも元気なおばちゃんだったから、だれも疑わなかった。おばちゃんて死ぬんだな。おばちゃんが死ぬなんて、意味が分からない。金髪で、小柄で、牛乳が嫌いで、朗らかで、お洒落で、謙虚で、乗り物に弱くて、いつもわたしと妹が大好きだったおばちゃん。金髪のおばちゃん。おばちゃん。おばちゃん。そっちは暖かい?雪も降るような季節だから、風邪ひかないようにね。ぬれせんべいと、お仏壇のお饅頭、いっぱい食べてよ。病院のご飯はおいしくなかったんでしょう?おばちゃんとまたしまむら行きたかったなあ。弁当食べながら昔の話聞きたかったなあ。振り袖姿も白無垢姿も見せてあげたかったなあ。一番褒めてくれるのはきっとおばちゃんだっただろうなあ。それからきっと、遠慮するななんて言いながらお札を何枚かわたしの手にねじ込むようにくれるんだろうな。

おばちゃんに与えてもらったものも、思い出も多いし、わたしは元気なおばちゃんしか知らないから、まだおばちゃんがいない世界に慣れないな。おばちゃんがいない日常でやっていけるのかな。

まだおばちゃんの顔も見てないから、会ってからいろいろ考えることは考えて、受け入れるところは受け入れて。

明日は一限ないけど予定あるから、早くお風呂に入って寝なきゃ。ま~たレポートの本読まないで寝そう、はあ…。