夕げ

こんにちは

その音

原風景の話をします。

 

まだランドセルも背負う前、お父さんを真ん中にして、わたしと妹はお父さんにぴったりくっついて寝ていたこと。お父さんにお話をねだったこと。それは夏で、頭上の網戸をすり抜けて降ってくるような星と、蛙の声と、遠くから電車が走る音がしたこと。

 

お父さんが酔って帰ってきた夜、海に行くぞと言い出して、お母さんの運転で軽自動車に家族4人乗り込んで海まで行ったこと。砂浜へ降りる手前で車を停めて、わたしと妹は恐る恐る、でもはやる気持ちを抑えながら砂を踏んだこと。お父さんとお母さんは車でおしゃべりしていた。街灯もなくて、薄藍の波が寄せては返すのを、へんな生き物を見るような、それでいて感傷的な気持ちで眺めたこと。月が真上に明るくて、白い貝殻が黒い砂の上でぼんやり光ったこと。わたしは願いごとをしながら、ひとりで黙って9個拾って、ミッキーの巾着袋に隠したんだ。好きな人がわたしを好きになって欲しいとか、おじいちゃんが元気になって欲しいとか、そういうお願いを、月明かりのおかげでわたしに見つけられた貝殻にした。

 

ある夜は、やっぱりお父さんが酔っていて、散歩に行くぞと言い出したこと。冬はそこまできていて、芯まで冷える夜だったこと。コンビニも信号も近くにない田舎は、夜の9時になったら人なんて歩いていない。パジャマの上から何枚も重ね着をして、手袋と帽子もした。お父さんとお母さんは手を繋いでいて、その日も月が綺麗だったこと。いつも歩いてる道をみんな一緒に歩くのは、なんかへんな感じだったこと。書いてたら長靴を履いてたこと思い出したから、もしかしたら冬で雪もあったのかも。

 

忘れたくない思い出は、日記帳に書きつけなくても匂いまで覚えているものだ

わたしのお父さんは宮沢賢治が好きで、小さい頃から眠るときに宮沢賢治の作品を朗読したCDを聴きながら寝ていたんだけど、だからわたしは夜が好きなのかな?別に銀河鉄道の夜ばっかり聴いてたわけじゃないんだけどさ...。夜はわたしだけのものだっていう気持ちが、いつも心にあるんだ、わたしは誰よりも夜とうまくやってきたから。

 

東京の部屋は、冬になるとなんの音もしない。窓を閉めてるし、除雪機も通らない。今日は寒いんだろうか。山形の部屋は冬になると窓が凍るんだ。それも好きだった。

 

お風呂入ってねま〜す。