夕げ

こんにちは

わたしが生まれたところは、風が強いところである。

桜は花が開くやいなやちりぢりになり、夏は台風が来ているのかそうでないのかわからないような感じで、稲穂が頭をもたげるころは辺り一帯が金色の海になってさざめき立った。雪が降りだすと、冷たい風がそれを舞いあがらせて、両手を広げた範囲内さえ見えなくした。

風の強い夜は、布団の中で身を固くしたものだった。

わたしの家の隣には、いつから建っているのか定かでない空き家がある。もうおんぼろである。お父さんが生まれたときにはもうあった。全体がさびついて赤茶色に変色している。屋根のてっぺんはいつかの台風の夜に吹き飛ばされて、大きな平屋は筒抜け状態である。ガラスも割れ、それを内側から補強したベニヤ板の隙間からいやに葉っぱだけ大きくて茎が骨ばった、細長い植物が外へ伸びている。日が落ちる時分になるとコウモリがてっぺんの穴ぼこからひょいひょいと飛び立っていく。夜になると、床下からあたりを見回して、そそくさとハクビシンや猫の親子が遊びに出かけた。シェアハウス住宅なのである。

その平屋が、風の日にはあちらこちらガタガタいった。屋根は風に合わせてトタンがはためき、必死にしがみついているような扉や木材が不安を煽る音でわめいた。隙間を通り抜ける風がひょーっと不気味な声をあげるのをはらはらしながら聞いたりした。夜というのは無防備であるから、恐怖を助長するのだ。

楽しいこともある。

小さい頃、妹と新聞紙を丸めて作った棒の先にクッキーの缶に施されていたリボンを貼り付けて、リボンが風になびいた方向に進み続ける遊びをした。ピンクのリボンである。「リボンちゃん」と呼んで、彼女がたなびいた方向にゲラゲラ笑いながら走った。わたしと妹の靴は赤で、雨が降ったあとのアスファルトは黒く湿っていて、じっとりとした空気と垂れ込めた黒い雲を丸めて力まかせに投げつけたような突風がときおり吹いた。リボンちゃんごと3人でどこかへ飛ばされそうだった。3人とも、まだほんの子どもだった。

東京は冬にばかり風が吹いている気がする。体を切りつけるように鋭いビル風である。はたまた高級車が通り過ぎざまわたしの一張羅のスカートを揺らしていったりする。

いまの部屋は夜に窓ががたがた言ったりしないのだ。もちろん隣からひょーっという音もしない。だから布団の中で明日の無事を祈ることもない。東京の夜に風はいるのだろうか?

もうすぐやってくる台風の季節に、わたしは郷愁の念を高ぶらせている。